プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

自分だけの武器

小料理「志野」にて。まだカウンターに座っている二人。

 

……

藤堂さんの話が終わるまでに小一時間はかかっただろうか。ちょっとでも理解できたかどうかは、実践していけばわかる。その前にもっと聞いてみたいことがあった。

「それにしても、こんな発想、どこから浮かんできたんですか」

藤堂さんはタバコに火をつけ、二度ほど深く吸い込んだ。

「……その昔、やりたいことがあってもオレには金がなかった。じゃあどうしたかって馬券で工面するしか能がない。しかし人に頼るんじゃなく、何としても自分のやり方ではい上がりたかった」

お、若い頃の話をする藤堂さんって珍しい。

「けど、やってることはそこらの馬キチとおんなじよ。暇にまかせて朝からスポーツ紙の競馬面を穴が開くほど眺めて、何か人と違ったやり口はないもんかと、躍起になって探してた。土日の夕方、場外へ行ってゴミ箱に捨てられた新聞を何紙も持って帰る。んでボロボロになるまで読んで、用が済んだらまとめてチリ紙交換車に出す。知らねえか、チリ紙交換なんて」

「なんか、聞いたことはあります。今はいませんね」

「だろうな。今だったらもっと山のように新聞紙をためて古紙のリサイクルでも始めたかなぁ」……オレ、リサイクル業者の見習いになる可能性あったんだ……ハハハ。

「半年もそうしていた。ある日、何気なく目に入った1頭の馬の成績欄。なんてことはない、弱ーい馬だ。けど弱い馬だから何かに気づいた……」

藤堂さんは女将さんに水を一杯頼み、胸ポケットからメモ用紙とペンをを出した。

「成績欄の数字が、オレにはうんと不思議に思えた。数字がジグザグしているって」サラサラと何事か書いてオレに見せた。そこには「 右回り10112、左回り0209 」とあった。

「……うーん、ジグザグ……どこといって不思議なことないですけど……」

「ああ、よかった。だからオレは人と違うあまのじゃくでいられたんだな。それを見てオレは『どうしてこの馬は、右回りだと一回も2着がなくて、左回りだと一回も1着と3着がないんだろう』と思ったのさ」

「あ、そういうことかぁ。でも、馬が走り続けたら、その後は数字がどう変わるかわかりませんよ」

「いや、馬っていう動物はよい成績を出せば出すほど、生涯のうち走れる回数が限られる。体のあちこちに限界が来るんだ。地方のダートならならいざ知らず、中央の芝レースで25戦以上競馬を消化した馬が、あと何回馬券に絡むシーンがあるか……あっても1回だろうな。またそういうレベルの馬だ。そのうえ……」

「ん、なんですか」

「その、あと1回が、1着ならおそらく右回りだし、2着なら……」

「左回りってことですか?」

「そう考えてみたくなったのさ。しかもだ……」

藤堂さんはタバコをぐっともみ消した。

「1着、2着、3着には、なんていうか今でも口だと説明しにくいんだが、お互い着順は近いのに、かなり性格の違いがあるんじゃないかと感じたのさ。とくに2着と3着は、着順は隣でも、数字の持つ重みはだいぶ違う」

「はぁ、だから2着は2着で集まると……。なら1着と3着が集まるのは性格が似ているからですか」

「あぁ、お互いの関連性がうんと高いというか……」

「なんか、ずいぶん感覚的な話ですね〜。藤堂さんの口から出る言葉にしては珍しいな」

「そうだな、何でもデジタルが好きなオレとしては、珍しい直感だ。でもそこからはデジタル派に戻った。ちゃんとした結論が欲しいじゃねえか。だから1、2、3着の持つ謎を解明すると決めて、今度は毎週穴が開くほどテレビでレースを見続けた」

「それ、かなりアナログですよ。あ、まさか」

「なんだよ」

地上デジタル放送を見てたから、とか言うんじゃ!?」

「バカヤロ、もっと昔の話だ!」そう言ってグラスの水を一気に飲み干した。