プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

1番古めかしい予想ツール◎▲△に競馬新聞のホントの価値がある

「藤堂さんはあの◎▲△が見たくて、新聞を買ってるんですか?」

「ま、平たく言えばそうだな。04キャラは新聞以外でも分析できるけど、オレのやり方はそうはいかない」

「……へぇ〜、意外だな……あんな印なんて全然見てなくて、もっと細かい別のデータが欲しいのかと思ってました」

「もちろん、いつも言うように『ハミを替えた』『騎手がこの条件を進言した』なんていう小さなコメント欄にも注目しているさ。しかし、オレが新聞に最も期待しているのは、そのレース全体の『俯瞰(ふかん)図』、つまり一歩引いたところから見たレースの姿を教えてもらうことだ」

「……よくわかりません」

 

「ある1つのレースを、競馬記者、ファン、騎手、厩舎スタッフ達がどうみているか、その大まかな姿が知りたいのさ。1頭強い馬がいて、みんな戦う前から白旗ムードなのか、あるいは上位は3強なのか、あるいは予想から外そうという馬が1頭も見当たらない大激戦なのか、それを視覚的、直感的にとらえるのに新聞の紙面が役立つんだ」

「どういうふうに?」

予想印の散らばり具合、とでもいうか……予想オッズとか、人気のカリスマ予想家の印を追うんじゃないぞ……そうじゃなくて、新聞社全体の記者全員の考えを、1つのかたまりとして見たいんだ」

「それがホントに厩舎サイドの考えも反映され……?」

「反映されるさ。予想は厩舎サイドの行動の裏返し。厩舎に自信があるときは担当記者の予想にも自信が出る。ま、そんなに正確に拾ってくれなくてもいい。いつもと違うってことが、こちらに分かればそれで十分だ」

 

「個々の馬を詳しく見ないんですか?」

「それは誤解しないでくれ。個々の馬のキャラを見ているからこそ、全体像を見直したいんだ。1頭1頭の分析に時間をかけすぎて、レース直前まで『1頭を除いて全頭が追い込み馬だった』ことに気づかないんじゃ、プッシュ屋としては失格だろ?」

「でも印の散らばりって言ったって、漠然としすぎているというか……」

「ああ、お前にはまだ何も教えていないからそう思うだろうが、なに、人間の深層心理を読む気になれば、この印のかたまり具合は何を物語っているか、想像するのもたやすいこと……」

「ハハ、藤堂さん、まるで心理学者みたい……」

「いや、毎度で申し訳ないが、これも若いうちに慣れない株式相場に放り込まれた時の苦い経験から体に刻み込まれたものだ。こっちとしてはとくに『集団心理』を利用して、人の行かない方向、やらない方法で勝負したいのさ」

「予想の印には、人間の心理が現れるってことですね……金がかかっているんだから当然か……」

「ああ、いやというほど、人間の心理……いや欲望そのものがむき出しになって現れているんだ。予想はロマンじゃない。欲望のカオスだ

 

「じゃあ、藤堂さんは紙媒体の競馬新聞がないと、意外と困る人ってこと?」

「痛い!その通り。それが自称アナログ派の寂しいところさ。新聞そのものというより、予想の印をつける人がいなくなったら、もうオマンマ食い上げ、廃業だ。だから将来は新聞でなくても、ネット上でいいから、多くの記者の予想印をまとめて掲載して欲しんだよなぁ……」

 

藤堂さんのお願い口調なんて、ホントに珍しい。裏を返せば、印を見るやり方は、現状でそれだけ自信のある予想法だってことだ。なんだろ、◎がたくさんある馬が強いんじゃないのかなぁ……。 早く教えてほしいね。

 

「ハァ……いつお前にそれを教えられる日が来るのか……まだ片目も開いていないお前にな……」

 

うぐ! やっと立ち直りかけたのに、それはまだ言わないで!!