予想印は横に見ずに縦に見る
藤堂さんの新聞の見方は、やはり人と何か違うらしい。
「いつか教えてくれるなら、今でもいいじゃないですか〜。もう少し、そのコツを知りたいな〜」
「ま、頭がゴチャゴチャになるといけねえし、もう半年も経てば教えてやっても……」
「え、半年は長いですよ〜。……分かりました。全部とは言いません。さわりの部分を小学生にも分かるように……」
「今の小学生は、オレたちよりずっとデキがよろしいよ!……しょうがねえな……核心は明かさないからな!」
そういうと藤堂さんは、ひもでまとめた新聞紙の束の上から、サッと1日分の競馬面を引っこ抜いて、オレに見せた。
「これは……京都金杯の予想印ですね……」
「そうだ、オレがいつも見ている東スポの競馬面だ。メインの予想陣が並ぶ裏面に、スタッフの人気って欄がある。大きなレースには必ずついてくる」
「はぁ〜、20人以上は名を連ねていますよ。見ていて壮観ですね」
「フフ……どうだ? 勝ったエキストラエンドにあまり印がついていないだろ?」
「あ、ホントだ。しかも単勝の予想オッズが40倍を超えてる!」
「もし、本当に単勝で40倍を超えていたら、この前も言ったとおり間違いなく勝負しただろう。それはさておき、見るべきは記者一人一人の印ではなく、エキストラエンドが集めた印の種類だ」
「ん? というと? △▲△◎◎△の合計6個ですか?」
「そう、それをいつも気にしている」
「つまり、普通は『だれがどこに◎を打ったか』と横へ横へ見るところを、『この馬はどんな印をもらったか』と縦へ縦へ見るんですね」
「ああ、そういう見方をすることで、この馬は記者全員から『どんな立場の馬だと思われているか』を探るんだ」
「立場ですか……」
「くどいようだが、人気がある、なしじゃない。例えば出走馬たちをある学校のクラスメートと考える。クラスの中には優秀な学級委員もいれば、勉強がまるでダメな体育専門の子もいる。大人しい子もいれば、いつも騒いでないと気が済まない困ったヤツもいる」
「話が飛ぶなあ……」
「その中でオレが狙いたいのは、『たまに突拍子もないことを言うが、意外とそれには裏付けがあって面白く、友達がついてくるタイプ』の子と、『誰から見てもクラスの中で安定した位置を占めているプチ優等生』、この2種類だな」
「……ははぁ、もしかして、前者が穴タイプで……」
「後者が本命タイプだろう。でもどうだ、自分の昔を思い出してみると、こういう子に学級委員やリーダーをやらせると、物事がうまくいったっていう経験あるだろ?」
「ええ、文化祭になると先頭に立って、隠してた能力を出すヤツとかいますよ、確かに」
「馬もそうじゃないかと思うんだ。みんながどんな馬だと思っているか投票して、その全体像を分析すると、走る馬の姿が見えてくるんだな」
「へえ〜〜、それじゃあこの京都金杯の場合は、エキストラエンドが有力候補になるっていうことが、この表だけでわかるんですか?」
「ああ、分かる。他に面白い馬は……あんまりいなかったけど……そうそう、ネオウィズダムなんかも興味あったね。しかしこの京都金杯は印がよく分散していて、戦前から混戦であることはすぐに分かった。混戦では複勝の配当が安くなりがちなんだ。何頭も候補がいるより、もっとピンポイントで『おし、この馬だけだ!』って決断できる時の方が、大穴でも勝つことが多いな」
競馬をそんな目で見ている人がいたとは……
藤堂さんって、意外と生徒に人気のある先生になれたかもしれない。
風貌は、まぁ、なんだけど。