プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

福永祐一騎手降着について 降着の持つ意味と背景を改めて考えた

「……うーん、なるほど。これはやっちゃた感じだなあ……」

「お、中京のパトロールビデオ見てるのか?」

「ええ、オレが競馬を始めてから最初の降着事項なんで。ルールも変わって、どんなときに降着が起こるのか、正直よく分からなかったんですよね」

「昨年の今頃は『AJCC事件』で持ちきりだったが、また今年も同じ時に起きるなんて、よっぽど季節の巡り合わせが悪いのか……。それはさておき、どうだ? 馬券を買うファンとしては降着に納得できたか?」

「……よく見ると、加害馬が被害馬を妨害しているのは、1回だけじゃないんですよね。1度目はグッと馬を御して、なんとか内に切れ込むのを防いだ。しかし、バテた逃げ馬を避けて内に進路を取った2回目は、明らかに被害馬……しかも2頭を妨害している」

「……新ルールでは、バテた逃げ馬の鼻面をこする程度なら、着順が変わることはないから、到達順位優先の原則が適用されて、ジョッキーと馬はセーフ。しかし昨日の場合は、ゴール前、被害馬の1頭が今にも2着に届きそうなくらいに肉薄していた。レースビデオだと、ゴール後は追いついて併走までしちまってるしな。当然斜行がなければ……」

「着順が変わった可能性がありますね」

「ま、競馬初心者がそう見ることができるのなら、これは降着の事例としてはかなりすんなり受け入れられるケースなんだろう」

「ええ、見たくないのは当然ですが、それでも一流ジョッキーの降着インパクト大でしたね……」

 

 

「事実、処分としては実効2日間の騎乗停止にとどまっているし、1度は馬を御していることからも、悪質ではないと判断されたんだろう」

「ただ……」

「ん? なんだ?」

「やはり昨年のAJCC事件と比較して、または比較しなくても、降着の基準はいまだ非常に難しいサジ加減の上に成り立っている気がして‥‥」

「同感だ。さらにオレが危惧するのは、妨害行為に対して弱い馬……臆病とか、体の小さな馬など……が『やられ損』になることだと思っている。つまり一度ぶつけられて気持ちが萎えてしまうと、余力が残っているのに走らないってのが、競争馬の大半だからな」

「もう一度盛り返すって、確かに根性ある馬ですよね」

「頑張らせた騎手もスゴいけどよ。けど、馬も騎手もあきらめたら、どんなにひどい妨害を受けても、被害馬の行為を見ているだけでは、妨害と判定されないこともありうる」

「……ん、なんか、それって馬も人も大事にされていない気がするなぁ……」

「ああ、ファンの心も、な……」

 

 

「……今回の制裁で、調教師に対しても『平地調教注意』ってのが、課せられたんですね」

「ああ、それ自体はさして重大な制裁ではないかもしれんが、オレは調教師も毎回同時に制裁されて当然と思っている。責任はいつも騎手と調教師の折半が正しい。おそらくこの馬には、以前から大なり小なりササる癖が見られていたのに、対応が足らなかった、ということなんだろう」

「癖を直すって、難しいのかな? ダノンバラードも、その後結局ササるのは直らないみたいだし……」

「それを言い訳にしちゃぁ、プロとして失格だ。ビデオ見てみ? 先頭を走る武豊の騎乗ぶりがあまりにスマートなのが対照的だろ? どうしてもササるなら、その馬は走らせちゃいけない。降着制度をやり得にしないために厩舎サイドができることの一つが、まっすぐ走る馬を育てることじゃないか? オレはそう思う」

「フラフラ走る馬の存在を理解するよりも、まっすぐ走らせる技術の進歩のほうが、根本的に大切ですよね」

「ああ、まっすぐ走れない馬の身の置き方は、引退含めもっと調教師が厳しく断じなければいけない。だから降着には調教師も責任を負うべきなんだ。できることならあきらめず、技術を磨いて欲しいからな……」