競馬マスコミの存在意義とはなにか
今日は少し暖かい冬の晴れ間。
オレは事務所に散らばったスポーツ新聞の残骸を片付けていた。
藤堂さんは奥のロッカーから、かなり古い競馬雑誌を引っ張り出し、ビニールひもでまとめていた。
「あ〜〜、腰いて〜! いやいや、こうしてみると毎週積み重ねてきた雑誌ってのは、すごい量になるな〜」
「それ、全部捨てちゃうんですか?」
「いや、古い方だけな。もう何年も『ロッカーの肥やし』になってるから。暇を見つけて競馬の歴史をたどるのはおもしろいけど、役に立たない資料は捨てていかなきゃ。買い始めてかれこれ10年くらいたつのか……」
「競馬雑誌って、なかなかニッチな分野ですよね」
「そうだな。トラックマンはじめ、業界関係者か、競馬を深く知りたいコアなファンだけの必需品かな? 土日の競馬場ではあまり見かけないな」
「そうすると、馬券を買う人って、たいてい新聞を見ているのかな?」
「オレたちオッサン世代はそれ以外考えられなかった。でも今はさすがに様々別れるんじゃないか? やろうとすれば、ネットで予想ツールまで完璧に揃えられるんだろ? オレはあんまり気乗りしないけど」
「いや、新聞も十分頼りにしてますよ。なんか情報一つ一つの重みがネットとは違う気がします」
「印刷までして実物として店に並ぶことを考えればな。しかし昔から、新聞の情報ってのは話半分くらいに聞いとけっていうのが常識だ。競馬は狭い村社会。全部の情報がこちらに出てくるなんてありえねえ」
「それは競馬でも政治でも、どこの世界もそうでしょう。まして土日は記者が競馬の予想もするんだから……」
「関係者同士、お互い持ちつ持たれつ、だな」
「ちょっと前にあるスポーツ紙で『競馬新聞は近くすたれてなくなるだろう』っていう記事が載っていたな……」
「ああ、それ見たかも……でもあれは競馬専門紙がっていう意味でしょ……」
「いやもっと先には紙媒体全てが……ってことだろう。しかし考えてみりゃぁ、専門紙って高いよな〜。昔よく買えたよ、ビンボーしてたのに!」
「専門紙には専門紙しか載らない情報はあるんですか?」
「難しい質問だな。読者から見れば……」
「あまり変わらないと思っちゃうんだけど」
「フフ、それが正解なんだろう。いまどき、厩舎担当記者が、その中でもたった一人がマル秘情報をつかむなんて、ありえねえ。内容は各社横並びじゃないとデスクに大目玉だろうぜ」
「そうすると、専門紙の存在意義って……」
「いや、丸っきりないとは言わん。調教、馬具、厩舎コメント、出走表……こういうごったになった情報を素早くまとめて発信する力はいまだに健在だし、もし専門紙がなくなって、だれもトレセン内の情報を統括する者がなければ、マル秘情報を欲しがって、不穏な輩がトレセン内をウロウロし始めたり……」
「金がかかる情報ですからね。入れれば、誰でもそりゃ欲しいでしょう」
「逆に外部のモンが誰も入れない世界になると、今度は……」
「厩舎が何か一発仕掛けますか?」
「ブハハ、それはマンガの読み過ぎ〜! けれどギャンブルに携わる組織として考えれば、決して健全ではないだろうな。かえって人間関係や治安も悪くなる一方だろう。まあ、新聞社がどうなろうとそれはいい。オレがホントに欲しいのは……」
「え、なんですか?」
「人が考えて打つ『 予想印 』◎▲△なのさ」