プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

名馬との出会い

「ウハハ、冗談ですよ、冗談。……で結局、デジタル派の結論は出たんですよね。こうやってオレに教えてくれるってことは」

「あぁ、もちろんさ……けど最初の数年はいまいち使い勝手が悪くて、このやり方はオジャンにしたほうがいいのかなと思ったこともあった。正直これだけじゃ、自信を持って馬券を買えなかったから。いい線行ってるはずだけど、何かあともう一歩真実に迫りたい気がして……」

藤堂さんは新しいタバコに火をつけ、今度は天井へ向けて軽くふかした。

「……そんな時に、1頭の名馬がオレを助けてくれた」

「名馬……ですか」

「ファンにとっても、オレにとっても間違いなくヤツは名馬だった」

「あんまりオレ、昔の馬の名前知りませんけど」

「 テイエムオペラオー 、だよ」

ああ、その馬なら知っている。今でも産駒が走っているから新聞の血統欄にも名前が出ているし、何より超メジャーな馬だもん。

「オペラオーはオレに、1、2、3着の意味する大きな違いを教えてくれた。自身の走りと積み上げたすごい成績でな。これはありがたかった。ヤツの現役中だった2、3年で、オレはキャラ分けに自信を持った」

「たしか……4歳の頃は1度も負けなしで、G1をバンバン勝ったんですよね」

「そう、栗毛で均整の取れたきれいな馬でなぁ。しかも勝ち方が神がかっていた。どんな絶望的な位置取りからでも飛んできて、最後にちょこっとだけ勝つ。強いんだけどハナ差、クビ差勝ちは朝メシ前。メイショウドトウっていういいライバルがいたんだが、オペラオーのせいでこっちはいつも2着(のちにG1勝ち)。あれは馬も陣営も悔しかっただろうな〜。G1タイトルの2つや3つ、軽く損してるはずだ、たぶん」

「へえ、そうなんだ……」

「もっとおもしれえのは、ヤツが引退してから、JCでさ……とっとっと、話が横道にそれちまった……えぇっと、とにかく、なんだ、今オレが馬のキャラ分けを整然と説明できるのは、オペラオーのおかげってことだ」

「げ、いきなりまとめ? んねぇ、早く次話してくださいよ。そのオペラオーのおかげってやつを〜」

「ん、いまかぁ?(気持ちわりい声だなぁ〜)今日はキャラ分けを話したばっかりだから、いいじゃねえか、また今度な。……ん?ちゃうちゃう、意地悪してるんじゃねえよ。まずはキャラ分けを使ってみ。そうすりゃ奥深さみたいなものがわかってくるって。そしたらまた次の話をしてやるよ。……ホラ、ブスッとするな、女将が店片づかなくて困ってるだろ〜、もうすぐ閉店なんだから……あ、志野ちゃん、今夜もゴチね〜……」

 

と言うと、フラフラと逃げるように藤堂さんは事務所に帰っちまった。なんだか一番いい所で話が終わりになって、オレは全然納得してなかったけど。

藤堂さんが忘れたタバコに1本火をつけてみた。何はともあれ、今週からいよいよ馬券を買うんだ。新しい一歩を踏み出す。きっとうまくいく……と思いたいけど、何しろ今のオレの武器は、覚え立ての「04キャラ」と「ビギナーズラック」だけ。さてさてどうなることやら……。

 

……ん? あ、藤堂さんに明日の軍資金1万円もらっとかなきゃ!

 

……うわ〜!もう事務所のソファでいびきかいてるし!藤堂さんまだ寝ないで!藤堂さん……藤堂…………コラ! 起きんかい!!

 

「……うっさい、起きとるわ、ボケ……フガフガ……」

 

クソ……あとで1万円…………ふんだくってやる。