プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

2013 有馬記念 調教を見る

もう寝ると言っておきながら、藤堂さんはあれから応接室のテレビでグリーンチャンネルを見ていた。「今週の調教」という、本当に出走馬の調教VTRしか流さないディープな番組があるんだ。

小さなメモ用紙をテーブルに置き、ソファに寝転がってテレビを見ている。かと思うと、ハッと起き上がり何やらメモをとる。全然落ち着かない視聴スタイルだ。

 

宴の片付けもほとんど済んだころ、藤堂さんが応接室から出てきた。

「ああ、久しぶりに調教なんて見たなあ」

「どうですか、なにかいい情報ありましたか?」

「ハハ、調教っていうファクターは、馬券に迷ったら最後の最後に参考にする程度さ。オレは馬の能力の差が調教で埋まるとは思っていない。あくまで味付けだよ、味付け……」

「でも見る価値はあるんでしょ?」

「そう、馬の状態というより、厩舎サイド、人間のやりたいことが透けて見えるんだな」

「馬を見てるんじゃないんですか?」

「見るのは、人7分、馬3分、ってとこ」

「ヒト? 人って、馬に乗ってる人のこと?」

「ああ、騎乗者はだれなのか、調教で何をしたか、どんな様子だったか……」

はあ、調教って馬を見ずに、人を見るのかぁ…………。

 

 

「んで、有力馬の様子はどうだったんですか?」

「まずはオルフェーブル。こいつは普通の状態であればいい。ここまで来て種牡馬になろうって馬を今さら100%に仕上げる必要はない。というか、もう本当の100%に仕上がることはないがな……」

「ん、どういうこと?」

「馬には生涯で3回のピークがあると言われている。だから陣営はどこでそのピークに仕上げるかいつも考えている。毎度100%なんてあり得ない話だ。オルフェーヴルはダービーを勝ち、2回も凱旋門賞に行った。もうお釣りは残ってねえよ」

「調子が悪いってワケじゃないんですね」

「そう、単に走れる普通の状態であればいいってこと。今回はまさにそんな感じかな。次は、と……ゴールドシップか」

「この有馬記念で、取捨に一番悩む馬ですね」

「さっき、運良く前回のJCの調教VTRも見られた。はっきりいって……」

「……ゴク……な、なんスか?」

「JC当時は馬がジョッキーを少しなめてる様子だった。だいぶわがままな面が出ているというか……天下のライアン・ムーアをもってしても、すぐにゴールドシップを復活させられるかは五分五分ってとこだろ。今週は大人しく従っている様子だったが……」

「訳の分からない馬になっちゃったみたいっスね」

「ああ、今のところその表現が正しいな。復活Vはカッコいいが、それに見合うだけのオッズは期待できないだろう。オレたちとしては『見送り』だ」

「なにか、オッと思わせる馬はいなかったんですか?」

「そうだなあ、動きだけで言えば……カレンミロティック、ダノンバラード、ルルーシュかな?」

「みんな、渋いところですね〜」

「フフ、カレンは調教でも前向きなところがセールスポイント。裏返せば距離適性はもっと短い所向きで、来年秋の天皇賞ならいいところある。中山の2500はマイラーでも大丈夫と言うけど……。ダノンバラードは、左回りが全然ダメってことがわかって、秋の目標をここ1本に絞ってきた。栗東坂路組では一番の動き。ルルーシュは美浦の坂路組で一番よかった。そろそろ本気出さないと、ただの強い馬っていう評価になっちまうからな。藤澤先生もようやく仕上げてきたぞ」

ダノンバラードって、今年AJC杯で斜行が大問題になった……」

「そう、競馬界上半期の話題を独占しちゃったし、その後の斜行の比較対象にいつも引っ張り出されて……そのくらいショッキングな出来事だったな」

「また中山ですけど……」

有馬記念はその年の世相を映すと言うけど。せめて今度はまっすぐ走ってもらいたいもんだ」

「オレとしてはデスペラードも気になるんスけど」

「ハハ、キャラがピッタリってか。調教は可もなし不可もなし、かな。競馬にたくさん使っているから強くやる必要がないし。といってもかなり軽い内容だった」

「G1ですからね。ビシッと出来た方がいいに決まってますね」

「そうだ……思い出した。有馬記念の当日、2歳のオープン戦ホープフルSがある。そこに出るウインマーレライって馬の動きがよかったな。」

「お、マル秘情報!待ってました!さっそくこづかいにします」

「あまりはしゃぐなよ。ホレ、今週の1万円!」

 

これでオレも戦闘態勢完了だ。