1回で仕留める
男たちによる複勝談義はまだ続く…………。
「キャラが合っていればいいんだから、配当は安いけど、勝負できるよって馬もまだいるはずですよね?藤堂さんなら、その中から複勝3倍の馬を2回買って、資金を9倍にすることも可能でしょ?」
「……ころがし、か」
そういう買い方をころがしっていうことも、オレは知らなかった。
「いろいろ知恵が回るようになったらしいな。スケベ心が起きないうちに、オレが確率って言葉を嫌う……いや怖がる理由を聞かせておくか。……もう1本くれ」そう言われてオレは、冷蔵庫から今度は外国産の瓶ビールを藤堂さんに渡した。
確率を怖がる?どういうことだ?
「競馬ってのは、やる前からオレたち全員が負けるようになっているバクチだ……」ビールをラッパ飲みしながら藤堂さんは言った。でもその口ぶりは何か少し残念そうに聞こえた。
「みんな確率、確率って言うが、競馬は要するに回収率がどうかってことだ。極端な話、的中率は100回に1回でも、その的中した瞬間、元の資金100万が101万に増えていれば、回収率は101パーセントになる。確率は悪くても損はしていない訳だ。ところが日本の競馬は……まあ簡単に言うと……馬券の総売上の中から75パーセントだけを配当として的中者で分けている」
「あれ、残りの25パーセントは?」
「お上の運営費に持ってかれちまうのよ」
はーっ、全然知らなかった!おそるべし、農水省!
「競馬の神様でもない限り、毎回的中する人はいない。となると、最終的にはどうなっていくか……」
「ふんふん」
「当たったり外れたりを繰り返すことで、回収率は確実にその75パーセントっていう数字に近づいていくのよ」
「……ギャンブルって怖いですね、違う意味で……」
「今頃気がついただろ、お前……。競馬は特に怖い。腕があればパチンコやポーカーの方がまだマシなのさ。さらにこの現象は、オッズの低い本命馬を追いかけたり、賭ける回数を増やしたり、買い目を多くすることでどんどん加速してしまう。落とし穴……いやこれこそ真実だがな」
「逃げようがないじゃないですか」
「そう、だから世の中で噂される『馬券で家を建てた』なんて人がいるのも否定はしない。が、それは自分の馬券の一番調子がいい時に家を建てただけ。競馬を続ける限り、長い目で見ると75パーセントの網に飲まれていくんだろうな」
「あ、それで!」
「フフ、わかったか。オレたちもいつかはその運命に抗えなくなる日が来る。しかしその『Xデー』の到来をなるべく遅らせなきゃならない。そのためには?」
「 穴を狙い続け、賭ける回数を減らし、買い目を1点にまとめる! 」
「そう、悲しいけど、それが競馬なのよ。となれば、ころがし行為ってのは、複勝買いにとって自分の競馬寿命を半分以下に短くするようなもんだ。今日の2回目は明日の1回目のためにとっておかないと。幸い今のオレたちには、まだなにがしかの勝ち金が残っている訳だ。これが溶けないうちに引退してこそ、本当の競馬の勝利者といえる」
「オレはいきなりマイナス1万円ですしね、トホホ……」
1日の勝負を1回で仕留める。これはカッコつけでも、依頼人のためでもなく、オレたちの勝負を続けられるか否かの「命綱」だったんだ。