複勝は椅子取りゲーム
夜は仕方なく小ブタの貯金箱から200円を借り、おにぎり2個を買い出し。事務所の冷蔵庫に缶ビールと「イカクン」があったので、もちろん無断で奪取!しけた一人残念会を開くことになった。
しかしこんな晩があと5日間続くかと思うと……オレの心の中を否応なしに寒い風がぴゅーっと吹いていく。せめて志野のみそ汁でも一杯あれば……女将さん、オレのこと何にも聞いてないのかな? ガックリ。
と、そこへ珍しく早めに藤堂さんが志野から切り上げてきた。あまり酔ってもいない様子だ。
「んー、今夜は上客がいるみたいだからな。こんな風貌の男がいつまでもカウンターにいたら営業妨害もいい所だろ? お、オレもビールやるかな」
「つまみ、足りませんね」
「あーいい、腹はいっぱいだ」……うらやましい……。
時間も経ってきたせいか、今日の結果については自分の中でもなんとなく消化できそうだ。ただ複勝馬券の難しさみたいなものは改めて感じたし、様々な足かせがある中でも複勝を極めようとする藤堂さんに、聞いておきたいことが山ほど出てきた。
「……一番難しいのは、やっぱ手持ちの資金を5倍にするという目標、ですよね〜。あれ、意外と最後の最後で馬券に迷いが出ます」
「フフ、配当5倍を狙って結果4倍になってしまっても、それは仕方がない。そこに神経を使うべきじゃない。何より的中という結果こそ客にとっては一番の朗報だ。ただ、オレたちが競馬というバクチで食っていく以上、自ら分(ぶ)の悪い賭けに飛び込むことは控えなきゃならねえ。いつ馬が転んでもおかしくない競馬にあって、オッズ2倍と5倍じゃ天地の差があるな」
「いまの時期、どこの競馬場も荒れ模様ですよね。自分たちも今が稼ぎ時なんでしょうか?」
「まさにその通り。2月までは縦横無尽に勝ち続けなきゃならねえ。お前に教えたキャラも、まだ教えていないもう一つの奥義も大活躍する時期だしな。5倍の配当なら毎週クリアできるはずだ」
「どうしても、他の馬……新聞にたくさん印のついた馬のことが気になります」
「この前、オレが『複勝は椅子取りゲーム』だって言ったろ?3つの席を十何頭で争う訳だ。でも、この3つの席が走る前からすでに埋まっている、つまり印のたくさんついた上位3頭が強くてスキがないときがある。そういうレースは避けなくちゃいけねえな」
「どのレースも印のある馬は強そうに見えちゃって……」
「最初はそうだろう。こっちはわざわざ印の薄い馬から勝負するんだ、不安にならない方がおかしい。しかしキャラ分析で3、4型を狙えるレースは……鳥羽特別も昨日の500万下も……結果的には大荒れだった。3、4型馬に狙いが立つ=波乱になりやすい=印や人気に関係なく勝負できる、とも言えるんじゃないか」
「そっか、0や1型で勝負している訳じゃないんだしなぁ……」
「反対に人気馬が3、4型なら、陣営がその馬の適性を正しく見込んでローカルに勝負に来ていると見て、つまらんケンカはしちゃダメだ。その馬は3着までに来る可能性が高い。となると残りの席は2つだけと思わなきゃいけない。あるいは……」
「あるいは……?」
「もう4型の座る席はない、可能性もあるな」
「他のキャラこそ、勝負馬券になると?」
「いや、そうなったらじっと待ち、だろう。自分の最初の見込みと違うことをするのは、よっぽどの自信がなけりゃやめた方がいい」
「待ち……かぁ」
藤堂さんが、プッシュの前に依頼人の顔を見るなと言うのは、いつもこの「待ち」の選択肢を持つためだろう。助けようなんて正義面して無理な賭けに出ないという戒めにもなる。もし今週プッシュをやめたって、こちらの稼ぎがないだけで誰の迷惑にもならない。依頼人には来週こそ本当のチャンスがやってくるはずだ。
これが勝負の呼吸……なんだろうか。