プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

馬券を買ってみろ

JCダートはベルシャザールの優勝に終わったが、そんなことよりオレは、この日の藤堂さんの仕事ぶりに興奮が止まらなかった。

いつものように階下の「志野」でささやかな打ち上げ。藤堂さんは熱燗を旨そうに口に運び、おれは本日のおまかせ「ブリ定食」をほおばる。一刻も早く平らげて、今日のアツい馬券の買い方を教えてもらおうと、箸の動きもオタオタあわて気味。それをカウンター越しに見ている女将の志野さんは、クスクス笑いが止まらない。藤堂さんは、こいつ仕方ねえなという顔で、お造りを肴にゆっくり4、5杯も杯が進んだ頃だろうか、ふと口を開いた。

しかしそれは、馬券の話ではなく、思いもよらない提案だった。

 

「おい、お前……オレと出会ってからどのくらいになる」

「(モグモグ)ん、え、そうですね……うーんと、かれこれ1年ちょいってとこですか」

「そうか、もう1年か……。早いな、あの雨の日から1年ねえ……」

藤堂さんとオレが出会ったきっかけについては、また別の機会に話すとして、今日聞きたいのはそれじゃないよ!

「な、なんすか、もう、恥ずかしいなあ……そんなことより、今日の馬券の話をしてくださいよ。オレがここへ来てから最高の配当ですよ!1380円!しかも複勝で?依頼人が『借金がすっかり消えたわ』って腰抜かしてたじゃないすか。あれって……」

藤堂さんはオレの声を遮るように「まあまあ、落ち着け、コラコラ……」となだめる。でもこっちの勢いは止まらない。

この日の中京競馬メインレース鳥羽特別で、単勝16番人気の大穴ヤサカシャイニーが3着に入り、複勝1380円というドデカい配当を手にしたオレたちは、プッシュの500万円をあっという間に6900万円にしちまった!そこで特例措置として、いつもなら2割手数料をもらってうんぬん、と細かく計算するところを、依頼人の5500万円の借金をまず帳消しに、残った1400万円をオレたちの報酬にすると決めたんだ。

これには、依頼人もビックリするやら、開いた口がふさがらないやらで、帰り際にはちょっと膝がガクガク震えてた。行きは借金地獄に向かっていたはずなのに、帰りは晴れて自由の身、おまけに500万円の生活費までもらっちゃったんだからね。とんだジェットコースターに乗ったもんだよ。

 

「ちゃんと座れって。今からする話は、お前に関係あることなんだから」

オレの定食のツヤツヤトロトロ、ブリ大根にまで手を伸ばし、またグイと一杯酒を飲み干して上機嫌の藤堂さんは、おもむろにパンと膝を叩いた。

「よし、来週から馬券を買ってみろ」

「? え、え、オレが買うんですか」

「そうだ、文句あるか」

「……いや、……でもオレ競馬ほとんど知らないっすよ」

「だからいいんだ、オレが仕込む」

これは大変なことになった、とオレは思った。藤堂さんの代わりなんてできないぞ。

「大丈夫だ、仕事はオレがやる。お前には毎週1万円を渡す。それを使って土日に必ず馬券を買う。配当は自分が1週間暮らす生活費にしろ。負ければ0円だ」

ああ、よかった早合点……じゃない、これはこれで、もっと大変だぞ!

「言っておくが、ここのおまかせ定食は来週から2000円だからな。ただじゃないぞ。食いたけりゃ、馬券を当てろよ!」

……ここのうま〜い定食が2000円……毎晩食えない可能性もあり……痛い……女将さん笑ってるし。

「さあ、どうする、やるやらないはお前の勝手だ。ここは極道の世界じゃない。れっきとしたビジネス、修行の場だからな。好きにすればいい」

 

「……はい、やります」

「なんかイヤイヤだな。やめてもいいンだぞ。……しかし、お前もいつまでもこんな所にくすぶっているわけにいかんだろ……」最後は諭すように、まじめに、低い声で藤堂さんは言った。

「まとまった金を持って自立しろ。今なら何でもできる。手助けするから。そのあと競馬は趣味にでも思い出にでもしちまえばいい」

 

ハイ!やります!!