プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

競馬でプッシュを増やす

プッシュを増やす方法は、実は何でもいい。

大きな配当は必要ない。時間がかからず、手軽で、公平なルールに則っており、いざという時に元本以上に損をしないものであれば、ギャンブルでなくてもいい。しかし賭ける金額は大きめなので、一度にドンと賭けたら場が荒れた(迷惑がかかる)というんじゃまずい。だからまず、動く金の総額がかなり大きい場所が必要になる。それでいて定期的に行われ、今後も絶対になくならない……。

とくれば、一番ポピュラーなのが今のところ「 中央競馬 」だというまでの話。藤堂さんも初めから競馬が好きだった訳じゃないらしい。仕事だと思っているんだろうね。

 

さてプッシュギャンブルの方法だが、まず依頼人に、プッシュのうちいくら賭けるか決めてもらう。まだ現金を渡している訳じゃないし、大体「全部いく」という人が多いんだけど、確認作業は金曜日までに怠りなく済ます。まだこのとき藤堂さんは、頭に競馬のデータを何も入れていない。

土日に初めて藤堂さんが朝から予想を始める。午後のレースから一つ勝負レースを選び出す。それをオレが場外売り場へ行って買う。500万円なら50万円ずつ10枚の馬券を、慌てず時間をかけて粛々と。以前はドキドキして早く帰りたかったけど、今は場外のレストランでのんびりランチする余裕だってある。もう慣れたね。

昼過ぎに事務所へ戻り、馬券を渡す。依頼人は午後3時から4時の間に来る予定だけど、早めのレースを買っていれば、到着前に結果が分かってしまうこともある。何も競馬はメインレースばかりじゃないからね。

ここからは以前話したとおり。テレビで結果のみを依頼人と確認し、書類を作る。例えば500万円が6倍の3000万円になったら、まずオレたちの手数料を2割(600万円)いただき、残りの2400万円から生活費の500万円を引いた1900万円で借金の元本を減らせばいい。

つまり最初に合計5500万円を借りながら、実際の返済額は3600万円に減り、さらに手元に500万円の現金も残るという、これ以上ない再出発の道が開ける訳だ。清六さんの言う「ゴーマルがサンロクになった」というのはこのことで、正確には「ゴーゴーがサンロクになった」んだけどね。

 

これは物事が一番うまくいったときの話。外れたらどうするかって?だから言ったじゃん、そのまま何もないよって。

そういうときは、清六さんの方で利息を少し低くしたり、当座のこづかい(これは返済しなくていい)を渡したり、何かとアフターサービス?はするらしい。そんなことで本当に貸した金が焦げついたりしないのか、と一度清六さんに聞いたことがある。

清六さんはニヤッと不敵な笑みを浮かべて、こう言ったんだ。

「なあボーヤ、借金ってのは、不思議なもんだよ、まったく。人間返せないときゃあ、たったの1万円でも絶対返せねえ。逆に、ちゃんと時を待ってやりゃあ、たとえ5億でも返しちまう人がいる。オレは長年の経験でそいつを知ってるから、人間の見極めさえ間違わなきゃ、ショート(焦げつき)はほとんどねーなー」

へえ〜、この人も藤堂さんと同じく、すごい人だわ。