プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

プッシュギャンブルへようこそ

ちゃんと断っておくと、実際に金をプッシュしているのは清六さんで、「プッシュ屋」というのは、藤堂さんと見習いのオレを含む3人をまとめたユル〜い集まりだと思ってもらえばいい。

こうして清六さんが金を貸すと決め、借り手がそのプッシュを使ってある「イベント」に参加する意志があれば、そこで初めて藤堂さんの出番になる。その気がなければ、依頼人にはまっすぐお帰りいただく。

あるイベントとは、「 プッシュギャンブル 」だ。

 

5000万円の借金と別にプッシュの500万円を借りた依頼人は、プッシュをギャンブルに託すことができる。まあうまくいけば、借りたプッシュが帳消しになる上に、借金の元本まで相当減らすことができるワケ。もっとも実際にギャンブルをするのは藤堂さんだから、100パーセント他力本願なんだけど。

ん?誰かの声が聞こえるな。「金に困っている依頼人が土壇場でそんなギャンブルに付き合うはずがない」って? 実はオレも初めはそう思ってたのよ。

ところが人間ってそうじゃないんだな。

 

ほら、よく「今日もらえる500万円か、明日もらえる0円か、1000万円か」みたいな問答があるだろ。オレたちのイベントでは、明日なんていわずに少し時間をおくだけで、生活費の500万円が2000万円にも3000万円にも増えるわ、借金は減るわで、メリットばかりがクローズアップされる。焦りまくって尋常な思考でない依頼人にしてみれば、人生最後のチャンスとばかりギャンブルする気になるのさ。

どちらが正しい選択かは知らない。しかしいくら藤堂さんがやり手で勝つ確率が高いと言っても、競馬に絶対はないし、負ければせっかくの500万円まですっかり溶けて、ただ借金が増えるだけ。普通ならどう考えても黙って帰るもんだけどな。

 

人間はなぜこの手のギャンブルに付き合っちまうんだろう。依頼人たちは、大小なりとも一度はどこかで人生の勝負に負けたからここに来ているはずなのに。5000万円もの借金をすると、500万円のプッシュなんてはした金に見えるのか、あるいはこの期に及んで、自分で手を下さずに借金がドーンと減る夢を見てしまうのか……。

ま、とにかく依頼人のほとんどが「ぜひお願いします」と頭を下げてくる。500万円がさらに溶けるリスクがあるにもかかわらず、この申し出を断らない。

もっとも、これには藤堂さんの実力のすごさもあるんだけど。