プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

プッシュ屋が現れるまで

プッシュ屋という「屋号」?は、あくまでこの世界での通称みたいなもので、もちろん世間一般に通用する代物じゃない。口の悪い業界人は「ハイエナ」だの「ハゲタカ」だのと蔑むくらいだから。

オレたちがここで何をやっているか、一言では説明しにくい。が、それでも興味があるのなら順を追ってゆっくり話すことにしよう。

 

昨日もやって来た清六さんの稼業は、一匹狼の金貸しだ。しかし彼の元を訪れる顧客は、通常の金融機関ではもはやどうにもならない「ブラック」な人物で、一歩間違えれば明日をも知れない運命を背負った人ばかり。ここまで落ちると普通なら「闇」とか「トイチ」と言われる高利貸しに手を出すんだろうけど、この世界の住人にもわずかに良心が残っているのか、「これは」という人には清六さんのような別ルートを紹介するらしい。

もちろん清六さんは実際にその人と会い、眼鏡にかなった人物と見たうえで「返済できる限りの」金を貸す。例えばその金額を5000万円としよう。ここですんなり依頼人に「ハイどうぞ」と金庫から札束を出し、証文を書かせて「ハイさようなら」では、金貸し失格なのだという。

 

この商売に大切なのは「 5000万にあといくら上乗せして貸すか 」という発想。

 

しかしそれは、ひどくあくどい商売という訳でもない。なぜならこういう「ブラック」な人たちは、清六さんのところで借金のメドが立ったとしても、いま手元に現金など持っているはずがない。当座の生活費、交際費など、社長としての社会的地位を保つ上でも、生きていくために金はいくらでも必要だ。もし生活費はまた別のつてを頼って借りる、なんてことにでもなれば、今度こそ本当に誰の手にも負えない最悪の事態が待っている。それではここにたどり着いた意味がない。

 

そこで清六さんは、借金5000万円の他に、名目は何であれ、必ず500万円ほどの別口の金を貸している。これを「 プッシュ 」と呼ぶ。

 

このこと自体は、プッシュという名前で呼ばれていなかったものの、金を貸す側の裁量で昔から行われていたことらしい。いかんせん貸す側にも人物の目利きが相当問われる(焦げついたら大変だしね)行為なので、腕利きが少なくなった現在では、他にほとんどプッシュを貸す人はいないようだけど。

しかしよく考えてみると、貸す側からいくら大丈夫と言われても、当の借りる側本人にしてみれば、これをすんなり「地獄で仏」とも言いがたい。むしろありがた迷惑、ただ借金が増えるだけじゃないかと文句の一つも言いたくなる(実際の修羅場でそんな悠長な神経の人はいないが……)だろう。

 

そこで借り手にも、プッシュのメリットを倍増させるために登場するのが、「 プッシュ屋 」つまりオレたちというわけだ。