プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

プッシュ屋の一日

仕事は土日の週2回、午後3時から4時の間、と決まっている。全てはこの1時間でケリがつく。

見習いのオレは、狭い前室で息を潜め、薄いドア1枚隔てた、隣の応接室の様子をじっとうかがっている。中をのぞくなと言われているわけじゃない。しかし師匠の藤堂さんはいつも「慣れないうちは現場を見ない方がいい」とクギを刺す。

「ここ一番というとき、依頼人の顔が頭に浮かぶのはイヤなもんだ。思わず震える、ぜ」

 

応接室にいるのは、依頼人、金貸しの清六さん、そして藤堂さんというのがいつもの顔ぶれ。3人とも事が始まるまでは、所在なさげに外の景色を見たり、タバコをふかして過ごしている。

3時半になるとおもむろにテレビをつける。見るのは「競馬中継」。

時間にして約2分。事務的にレースの模様と結果だけ確認するとテレビは消され、机の上に書類が置かれる。どうやら今日はうまくいったみたいだ。

「よかったなあ、社長さん。ほんとならゴーマルのところ、サンロクになったよ。このお人に感謝するんだな」

そう言いながら清六さんは、慣れた手つきで何事かを書類にスラスラ書き込み、社長と呼ばれた依頼人は、そこにただハンコを押す。するとここで初めて藤堂さんが口を開き、「ご苦労様でした。お気を付けて」と依頼人に向かって挨拶する。

依頼人は結局、一言も発しないまま、お辞儀をして部屋を出て行く。

オレが出したお茶は、飲まれることなくまだ湯気を立てている。この間わずか10分足らずの出来事。

これだけで今週も、5、600万は稼いだことになるだろうか。

 

そうこうしているうちに、書類を手にして上機嫌の清六さんもいなくなり、藤堂さんはソファでまた物思いにふけり始める。何をするでもなくただボーッと、窓から見える港の景色と暮れかかった夕日に目をやっている。オレは短波ラジオのイヤホンで競馬中継を最終レースまで聴いている。

競馬も終わり、最後にオレが部屋を掃除して5時半を過ぎると、藤堂さんが「よし、下行くか」と声をかけてくれる。万事うまくいった日は、1階下の小料理屋「志野」で打ち上げ。藤堂さんはお酒を、オレはおまかせ定食をごちそうになる。

 

これが、プッシュ屋稼業の、とある一日。