プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

最後の最後に

「忘れるんですか」

「そうだ、いっさいがっさい忘れるんだ」

金ができたら競馬のことはすっかり忘れろ、というのは正論だし、分かるんだけど、藤堂さんの口ぶりからオレにはもっと別に気になることがあった。

「藤堂さん、さっきから妙に『時間がない』とか『自立しろ』とか言いますけど、何か急いでいることでもあるんですか」

「ん、ん〜……ある。」はぐらかされるかと思いきや、意外とあっさり認められ、オレは思わず拍子抜けした。「といっても、今はまだ具体的に話せる段階じゃない。……まあそれとは関係なく、お前に自分の道を歩いて欲しいと思っているのは確かだ。表に出て自分らしいことに励め。それまでは……」

「 ? それまでは、なんですか」

「その日までは、オレの右腕でいろ。このままいきゃあ、どうやら最後の最後に大勝負が待っているらしい。それだけは言える。戦力は一人でも多い方がいいし、うまくいきゃあお前も……だから競馬を教えるんだ。フフ、勝手なもんだろ?」

「 ? フハハ、なんかおもしろそうですね。いいですけど」なぜか笑いが止まらなかった。

 

端から見て、藤堂さんの仕事とか、立場とか、世間一般に認められないものだということはよく分かっている。しかし今の瞬間、オレの心は藤堂さんの生き方、考え方を心地よく感じているし、心から認めている。ただ、それだけなんだ。

右腕って呼ばれるのがうれしいからじゃない。人の借金を減らしているからじゃない。知り合ってすぐの頃だったか、酒の席で「なんか、かっこいい仕事ですね」と軽く言ったら、酔った藤堂さんがすごい勢いでまくしたてた。

「確かにオレたちのしてることは、耳障りよく聞こえる稼業かも知れない。けど実際は、人の金でバクチを打って、そのうわまえをハネているだけ。ハイエナだよ、ハイエナ!……お前もそう思うだろ? いやそう思っとけ。正義面してニヤついてちゃいけない立場なんだよ!」

もちろん、初めて(こういう人に)怒鳴られたから超怖かったけど、反対に何か心の奥底、ジレンマのような感情を少し覗いたようで全然悪い気はしなかった。かえってグッと藤堂さんとの距離が近づいたし。(もっとも、そのあと行った店で記憶が飛ぶほど飲んで、ネエちゃんたちと遊ばせてもらったからな、ハハハ……)

 

さっき、藤堂さんは「お前には金に汚いところがない」って言ったけど、そうじゃない。オレはまだ金が持つ本当の力、本当の使い道を知らないガキだっただけ。そう、目標に向かって、意志を持って、平然と金を使える、動かせる人間にならないと。いつまでも金にオドオドしていられない。目の前をすごい勢いで流れていく大金の姿に慣れたせいか、最近はそう思う。

せっかくこれから藤堂さんに競馬を教わるんなら、できれば自分の蓄えを作りたい。けどそれは貯めることが目的の行動じゃない。むしろいつの日か全部使ってやるんだ、自分の正しいと思う道にポーンと。それができる人間にならなきゃ。実際金が貯まったとき、自分はその持ち金にふさわしい人間かどうか、すぐに分かるだろう。ここにくる依頼人のように、金を手にしたとたん震えているようじゃ、帰り道に全部寄付してサラリーマンにでもなった方がよっぽどお似合いなんだ。

これから毎週、競馬を通じて勝ち負け、報酬、心境の変化を自分ががっちり受け止められるかどうか、そんな闘いが続くはずだ。

 

あ、そういえば、「 最後の最後に 」いったい何の大勝負が待っているというんだろう。