強さと適性が逆転する瞬間をその目で確かめよ
「なんだぁ、ここまで話してきたのにわからんのか? つまり競馬ってのはさ、どこまでいっても野生馬の行動のミニチュア版なんだよ」
「そっか、サラブレッドって言っても、結局動物の本能から離れられないんですね」
「ああ、想像してみろ。臆病な馬がまず最初に逃げ出し、あまり走る気がない馬たちは後方に陣取る。道中外から馬に近寄られると俄然走る気を見せて引っかかる。最後の直線も併せ馬で矢のごとく伸びてきて、最終的に先頭に立った馬がボスとなり、次の仕事……種馬になる権利を持つ。野生馬と何ら変わりないよ」
「……でも、これを馬券にどう応用すればいいのか……テイエムオペラオーの話、忘れてませんよね?」
「慌てるなよ。一つ一つ、かみ砕いて説明するから」
「世の中に競馬を楽しむ方法は星の数ほど存在する。しかし……これはオレの推測だが……馬をよく観察して動物として扱う方法論と、人間の思考の範囲で理解しようとする方法論では、真実にたどり着くまでに大きな時間差があると思うんだ」
「……ん、それは例えばPCを使った計算なんかじゃ、いつまでたっても正解にたどり着かないってこと?」
「そこまでは言わないが、馬を見て感じることを素直にまとめた方が、手っ取り早く大切なものにぶち当たるんじゃないかってこと」
「よくわかんないな……」
「パドック一つ取ってもそうだ。プロが見ればたった1周歩かせるだけで、その馬の適性、体調、心理状態を『感じ取る』。しかしオレたちには、ただ馬がダラダラ歩いているようにしか見えない。するとパドックにいるのに、馬を見ずに新聞やオッズに目移りする」
「ふんふん。走るのは馬なのにね〜」
「そう、こうして馬を見ることから離れてしまうと、人は自分の思うとおりに馬を走らせているような感覚に陥る。人間お得意の計算式で、馬を能力順に並べてみよう、とかさ。……オレも若い頃はそういう方法が好きだった」
「今は馬を見ているんですか?」
「ハハ、そうしているつもりだが、残念ながらパドックでも中継でも、見ていて何かひらめくことなんてめったにねえ。だが馬券の検討では、能力を比べるという考えより、馬が持つ『適性』を重んじるようになった。つまりはキャラだな」
「04キャラの根底にあるものですね」
「ああ、馬が野生からもらった、光るモノ。逆に逃れることができない宿命のようなものをもっと予想に引き出したかった」
「そう言えば、オレも競馬を見るようになってから、『馬って扱いにくい動物だなあ』と感じます。とくに競争馬はね」
「だろ? 一度スピードアップするとなかなか止まれないし、騎手の言うことを聞くのはハミやムチがあるからだ。怖いことや苦しいことがあった場所、人を、馬は絶対に忘れないし……そんなの挙げればきりがない。やっぱり馬は意志を持った動物なのさ」
「だとすると、ますます馬券攻略の糸口なんて、見えない気がしてきた……」
「だろうな。そこでオレが最後に頼ったのが、名馬の成績をひもといてみることなんだ」
「うーん、どうしてですか……?」
「適性より強さが勝るのが名馬の条件だからだ。例えばテイエムオペラオーは、4歳の全盛期には年間負けなし、重賞8連勝、G1を5勝とパーフェクトな成績を収めた。適性も何もあったもんじゃない。強すぎたんだ」
「……」
「しかし、3歳時は何回も3着に負けているし、また5歳時には結局2勝しか出来なかった。最後の有馬記念は5着だったしな」
「すると、成長しながら絶頂期を迎え、やがて少しずつ衰えていった……」
「そう、その様子が手に取るように分かる珍しい名馬なんだ。万能と呼ばれたオペラオーでさえ、成長期と晩年には自らの適性に抗えず、得意な戦いを制し、また最後の有馬では敗れるべくして敗れていった。その成績をたどればある時点で適性が………………と、お時間になりましたようで、本日はここまで!」
んん、しまった! のんびりと聞きすぎた!
「また明日からキャラ分析よろしくな! 中京も始まるし」
ああ消化不良だぁ。来週こそ藤堂さんを逃がさないぞ。