プッシュ屋稼業 競馬残日録

〜修行編〜 世の中にヘンテコな稼ぎ方は数あれど……

群れ、ボス、併走……馬の野性本能を知る

「おーい、そのまま寝ちまうのかぁ?」

どこからか聞こえてきた藤堂さんの声にオレはハッと起き上がった。 いけない! お腹がいっぱいで体が温まったもんだから、どうやら小上がりであのまま少しウトウトしてしまったようだ。

「いちごあるってよ〜。食べねえのかぁ? い・ち・ご!」いいぞ、オレが寝ている間に藤堂さんはスッカリご機嫌モードだ。

「ハイハイ、食べま〜す。デザートは別腹って言いますから!」カウンターへ戻ったオレは、ポケットからプリントアウトしてきた紙をさりげなく出して、藤堂さんの斜め前に広げた。

「ん? なんだぁ、これは? 細けえ字は読みづらいっと……あ? テイエムオペラオー全成績……?」

「ヘヘ、実はこないだの話の続きが聞きたいと思って、コッソリ用意してきました」

「こないだ?」

「ほら、04キャラが生まれたのは、テイエムオペラオーのおかげだっていう……」

「……ああ、あれか。……なんだ、もう続きが聞きたいのか?」

「そりゃぜひ! 初勝利を挙げた今夜なんか、ちょうどいい頃合いだと思って」

「フフン、そう来たか。いいだろ!ちょっと聞かせてやる。……ちょっとだけだぞ」

大丈夫。こんなこと言ってるけど、話し始めれば、調子よく教えてくれる人なんだから。

 

 

「まずは野生の馬の話をするか」

「へっ、野生馬ですか?」いきなりの展開にオレはポカンとしてしまった。

「ああ、人間に飼い慣らされていない、本物の野生の馬だ。彼らは基本的群れを作って生活する。30頭、40頭とな。群れの中には厳しい上下関係がある。そしてボスがいる。ま、野生動物なら当たり前のことだ」

それがなんだというのか……。

「この馬の群れを追いかけてくる肉食獣がいたとする。ライオンでいいや。1頭のライオンが群れに猛スピードで突っ込んでくる。すると群れはライオンに気がつき、一斉に逃げ始める。さあ、どんなふうに逃げると思う?」

「どんなふうにって…… 全速で走りますよね」

「ああ、そうだ。それから?」

「……ハハア、なんか、聞いたことあるなぁ。群れのまま、孤立しないように逃げるんだって。はぐれて1頭になると、ライオンはそいつを狩りの目標にするんでしょ」

「いいぞ、では次だ。 いま群れのまま逃げると言ったが、馬たちはこんな非常時にあっても、きちんと規律を持った群れを成して逃げるという。この時ボス馬はどこを走ると思う?」

「……そうですねえ、やっぱ先頭かな?」

「だろうな、答えは簡単だ。じゃあ、群れのナンバー2はどこを走る?」

「うーん、どこだろ……もしかして……」

最後尾だ」

「それも当たった!」

「ここまでは聞かれりゃあ簡単に答えられる。こっからが難しいぞ。 ……ちょっと質問を変えて、馬の中でも臆病な性格の馬たちは群れのどこを走る?」

「おくびょう、かあ……。なるべく真ん中に隠れていようとするんじゃないかな」

「残念。臆病な馬は群れの前を走るんだ。さらに質問。……このとき馬たちは、群れの中でも1頭1頭が勝手バラバラに走っているわけじゃない。どんな隊列を作るか……」

「ん? 1列に長くなってとか?」

「ブブーッ。馬は2頭ずつペアになって走るんだ。んじゃ、最後の質問。……さっき、ナンバー2の馬は、群れの最後方に位置取ると言ったな。ではこのナンバー2の役割とは何か? またどうやってその役割を果たそうとするか?」

「……何してるんだろう……まさか後ろのライオンを威嚇したりしないですよね?」

「ハハ、そりゃ勇敢な馬だな。答えはカンタン。脱落者を励ましているのさ」

「へえ〜、けど、どうやって?」

「フフ、それはさっきも出てきたが……」

「ということは……? あ、ペアになって?」

「そう、併走してやることで仲間を励ますのさ」

「……でも、これはいったい何と関係がある話なんですか?」